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ドイツはEU内で搾取しぼろ儲けしているのか?

EU諸国の経済格差にまつわる噂

私は数年前から某SNSを利用しているのですが、ドイツのEU内の立場についてある種のネガティブなコメントを度々見かけるようになりました。

その内容とは
●ドイツがEU欧州連合)内の経済的格差のある国々(ここではイタリアを具体的な例に挙げて話を進めていきます)を利用して儲けておりそれらの国から搾取している。
●そもそもEUという構造自体がドイツ経済に有利になるよう作られたものなのだ
といったような主張でした。
イタリアが弱体化したのもドイツのせい、などという書き込みも見ました。

SNSは誰でも簡単に発言できるコミュニティですので信憑性は疑わしいところもあります。それにも関わらず人から人へと拡散されていくうちに例え根拠のない話であっても真実のように一般の人々がそうなんだ、と受け入れてしまう事は多々あります。
小難しい説明は理解するのも面倒だからあまり楽しくありません。感情をいかに揺さぶられるか、という点が大衆を動かすにはいつも重要です。

ドイツがEUのシステムを利用して搾取をしているというSNS内の噂』
これは本当なのか??と疑問を持ったので、各種の資料に基づき、まとめることにしました。
あまり小難しい用語は使わず、できるだけ分かりやすく簡潔に説明するつもりです。しかし、経済の話が出てくるので多少ややこしいかもしれません。またかなり長い文になっていますので読むのに時間を少し要しますのでご了承ください。

 

そもそもEU欧州連合)とは何か

欧州連合(おうしゅうれんごう、英: European Union、略称:EU)は、ヨーロッパを中心に27カ国が加盟する政治経済同盟である。EUは、加盟国が一体となって行動することに同意した場合にのみ、これらの事項についてすべての加盟国に適用される標準化された法制度を通じて、域内単一市場を発展させてきた。EUの政策は、域内市場における人、物、サービス及び資本の自由な移動を確保し、司法及び内政に関する法律を制定し、貿易、農業、漁業及び地域開発に関する共通の政策を維持することを目的としている

欧州連合 - Wikipedia

 

EUの成り立ち

ヨーロッパにはいくつか現在のEUの前身となるような共同体がありました。

2度の大戦ではヨーロッパの国々が争い合い多くの人々が亡くなりました。戦争を二度と起こさないように、各国が結束し平和的な取引を目指して設立されたのが欧州石炭鉄鋼共同体 と呼ばれる国際機関です。第二次世界大戦後の1951年に設立されました。
また、1957年には欧州経済共同体を経済活動においても設立しました。

このような共同体が直接的なEUの前身となりました。

<余談>

私は昔、大和和紀先生のレディーミツコという短編漫画を読んだことがあるのですが、この主人公のクーデンホーフ光子の次男がリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーという人物で、欧州全体を一つに捉える思想 汎ヨーロッパ主義(英語 Pan-Europeanism)を提唱した人物として有名です。これは後世の欧州連合構想の先駆けとなりました。

この”汎”とは”広くすべてにわたる”という意味があり、これにあたる欧文名のpanとはギリシャ語に由来しています。panがつく単語は身近なところですとPandemie panorama pandora... 子供の頃学校で習ったパンゲア大陸とは、すべての大陸というような意味だったんだなぁ、と。

欧州統合の思想や運動は当時ナチスから弾圧を受けていたようです。
ヨーロッパはご存知の通り現在も多くの国に分かれています。地域の分裂や対立による戦争を長い間繰り返してきました。そんな中で、欧州内での疲弊や混乱を収拾するために全体を一体化しよう、という思想が生まれてきました。

 

ユーロの導入

EU設立後、ユーロが導入されました。つまり、経済通貨同盟(共通の通貨(EURO)が導入されている単一市場)であり、ユーロ圏内の貨幣の価値が同じである、ということです。
(スイスとリヒテンシュタインのような単一通貨を統合するのみで経済政策は共有していない場合は別に通貨同盟と呼ばれます)

ユーロ導入以前は、各国が自国通貨を使用しており、各国の相対的な貨幣価値が違いました

ユーロを導入し、貨幣価値が同等となったことは、のちにユーロ圏における重大な問題につながっていきます。

EU内の経済取引を円滑にするために導入したユーロですが、導入後、各国の明暗が分かれました。
その前に、Target2という仕組みについて知る必要があります。

 

Target2とは

Target2とはユーロ圏の決済を円滑にするためにつくられた中央銀行間の資金決済システムです。Trans-European Automated Real-time Gross Settlement Express Transfer Systemの頭文字をとったもの。
欧州中央銀行(ECB)が管理し、ユーロ圏内の国境をまたいだ民間銀行の資金のやり取りに、各国の中銀が1件ごとに介在します。

こちらのドイツ語の記事に解説があります。

bankenverband.de

 

Target2における決済システムの流れ

上記の記事にTarget2決済システムのフローチャートが載っていますが、分かりにくいかもしれませんので、日本語でこちらを作成しました。

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Target2-chart

ドイツの企業がイタリアのチーズを輸入する場合の例をあげて説明します。

チーズの代金はドイツ国内の銀行】口座から支払います。
代金はこの銀行からドイツの中央銀行ECB(欧州中央銀行)】イタリアの中央銀行を経由し、イタリアのチーズメーカーのイタリア国内の銀行】口座に振り込まれます。

このチーズの輸入・輸出の一連の取引において、ECBに対してドイツの中央銀行に債務(借り)、ECBに対してイタリアの中央銀行に債権(貸し)が発生していることに注意してください。
これら取引で発生した債権・債務はまとめられて相殺されるのですが、加盟国間でもちろん輸出/輸入量の違いがでてきますので、その差がECBに対しての債権と債務になり、決済残高となります。

ここ10年程の間にこの債権と債務のバランスが大きく崩れ、ドイツは債権過多、イタリア、スペインは債務過多になっていることが問題になっています。


Target2内の増大する残高不均衡

下のグラフは(上から)ドイツ、オランダ、アイルランドギリシャ、スペイン、イタリアの2006年から2017年にかけての、Targetに累積された決済残高の推移を示しています。

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Target2-Salden

bankenverband.de
2006年の始まり頃は不均衡もなく順調に推移していますが、徐々にドイツの債権とイタリア、スペインの債務が増大していっています。また興味深いのはイタリアとスペインはほぼ同様の動きで下降しています。

現在2021年ですが、2011年からの10年間にドイツ債権、イタリア・スペイン債務ともに膨大しています。2011年にがくっと上がって/落ちているのでこの年に何かあったようです。
このグラフだけを見ると、ドイツがたくさん商品を売って儲け独り勝ちして笑いが止まらないように(イタリアの経済を壊したと)見えるのかもしれません。

なぜ、イタリアやスペインの債務がこれほど大きくなったのでしょうか。

 

イタリアとドイツの輸出産業

ドイツの欧州における重要な輸出産業は自動車です。BMWフォルクスワーゲン/ポルシェ/アウディメルセデスベンツダイムラー)、…と名だたるメーカーがあります。
対してイタリアはチーズやワインなどの食品、また自動車産業でもフェラーリマセラティランボルギーニ…と高級車で有名ですね。一般層が購入する車としては フィアットランチアアルファロメオなどがあります。

アメリカの自動車産業について解説されたあるYoutube動画(2019年)
Why Did The American Car Industry Fail? - YouTube
にあったヨーロッパにおける自動車メーカー別のマーケットシェアです。 

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european-car-market-share

ドイツメーカーが40%近くを占めています。フランスのメーカー(PSAとRenault)が約30%、約25%が外国のメーカー(日本車もこちらに含まれます)、そして10%に満たない部分が他のEUカーブランドです。
※2021年にPSAグループはイタリア車販売も手掛ける企業と経営統合し、多国籍自動車製造会社となっています

イタリアでは今日、ドイツ車をよく見かけます。イタリア車は昔ほど売れなくなっているのが現状です。なぜでしょうか。


ユーロ導入前の市場はどうだったのか

ユーロ導入以前は、ドイツもイタリアも自国通貨を持っていたので、相対的に価値が変動していました。
しかし、ユーロ導入後、通貨が統一されたことでイタリア車の価格が実質上昇しました。イタリア車はデザインが良いのですが、性能の面ではドイツ車が優れていると言われることもあり、イタリア車を買うならば、ドイツ車にする傾向が高くなってきたようです。(フェラーリなどの高級車は購買層が限られますのでここでは言及していません)
→ここで疑問ですが、イタリア車メーカーは、売れ行きが思わしくなくなったとして、その後、性能面などでの販売数回復のための効率的な努力はしたのでしょうか?

品質や性能が良い物が売れるのは当たり前です。それは搾取ではなく市場競争です。


<余談>

このYoutubeの動画では、GMというアメリカの自動車メーカーの傘下であったドイツメーカーのオペルが多くの損失を出していましたが、後ほどPSA傘下になった直後に劇的に回復しました。つまり経営陣次第、ともいえるのですね。


車一台の金額は、チーズやワインなどの食品と比べ大きいので、イタリア車が欧州で以前のように売れなくなってきたことは輸出(債権)・輸入(債務)のバランスに影響が出て当然といえます。

スペインについては未調査ですが、スペインも食品は輸出の主要産業なので似たような状況と考えられます。
 

ドイツが独り勝ちとはいえない難しい状況とは

債権が多くなりすぎると立場が逆転することも考えられます。

イタリアが支払い不能に陥り債権を回収できなくなれば、ドイツは損失を被りますので、絶対に回避したいのです。また、そうなればユーロ圏崩壊のシナリオが浮かんできます。


私がどこかで見聞きしたように「EUでドイツが独り勝ち、ぼろ儲け、システムがドイツに都合の良いように作られている」のであれば現在なぜそのシステムが破綻しそうな方向に進んでいっているのでしょうか。

イタリアにとっては自国が支払い不能に陥ればドイツも道連れだと分かっているので立場的にどちらが強いかといえば微妙です。
 

<余談>

中国とアメリカの関係も似ています。中国がドイツで、アメリカはイタリアです。
中国は米国債を大量に保有しています。ドルは世界的に重要な通貨なのでそれでも問題ないと思われるかもしれませんが、中国もあまりアメリカに多くの貸しをつくるのはリスクでもあるのです。

 

ユーロのシステムはいつか壊れる、と考える人が少なくないようです。だからといってEUを即座に解体しなければいけない、というわけではなく、なぜならユーロ導入の前にもEUは存在していたので継続可能でしょう。統一通貨を廃止し、EUとしての共同体は継続するのかもしれません…
しかし、ユーロが壊れたらEUの信用がなくなりますのでかなり厳しい状態になるでしょう。
イタリアなどの債務の多い国がEUを脱退することが懸念で、あまり強く出られないことで問題に歯止めをかけられないところもあるようです。

 

無利子の融資に対するドイツへの批判について

ECBに対して巨額の債権があるドイツが無条件で無利子の融資が行われているとの批判がある、とのことですが、これは信用度の問題ではないでしょうか。
例えば、あなたが誰かにお金を貸すとき、借金が多くある人とそうでない人のどちらが安全だと思うでしょうか。

 

ドイツが目指すべき競争相手国とは

SNSでドイツとイタリアの経済の対比や確執が話題にあったので、今回この2国を挙げましたが、はっきり言えばイタリアはドイツの競争相手ではありません。なのに搾取や弱体化させたなどと敵対国のようにみなすのはあまり意味がないことです。
それではドイツの競争相手はどこかといえば中国で、近年の中国の経済、産業、技術力は到底無視できません。
中国といかに競争していくかに注視するべきだと思います。

 

まとめ

ユーロ圏のTarget2決済システムにおいて不均衡がどのように発生し、何が問題なのかをまとめました。EUの経済・金融問題は、現状の回復措置の銀行の失策など他にもあるでしょうし、複雑に絡み合い誰が悪い良いなどと簡単に断定できるものではありません。

●今回とは別のテーマですが、国家間の経済力格差が現場レベルでの搾取を生む現実はあります。
東欧等からの出稼ぎ労働者問題など、ドイツでもニュースになりました。
一時的な雇用者として雇われているのにも関わらず通常の労働者として働かせ、またドイツ人より大幅に安い賃金で彼らは働いています。
しかし、彼らが故郷で働くよりは多く稼げるので、ドイツに出稼ぎに来るのですよね。

EUの仕組みを利用してドイツが経済的に弱い国を搾取している!と主張していた人達は少なくともTarget2における問題は把握していたのでしょうか?
真実がいつも受け入られるとは限らず、自分が信じたいものだけ信じる人がいます。
それが、プロパガンダとなり、根拠のない非難や憎しみにつながっていきますから、気をつけたいところです。
見かけだけの情報に振り回されることのないよう今後自分も気を付けようと改めて思います。

欧州一体思想の根底にあるのは、戦争への反省であり、ヨーロッパにおける結束の実現だと思います。私がSNSで見かけた主張は、ユーロシステム導入後の結果からの感想にすぎなく、表面的にしか見ていないのだと思われます。

※この記事は、筆者が必要と判断した場合適宜修正・追加される場合があります。